2018年2月13日火曜日

何もできない人が羨ましかった。


こんばんは、高橋久美です。

黒澤先生から、もう何十回も
言われているかもしれない
(今日も言われた)、
大切な教えがあります。

それは、
「人と比べない。羨ましいと思わない。」
ということ。


私もまだまだ比べてしまうんですが、
変に歪んだ劣等感を持ってました。

才能のある人を妬んだり、
成功している人が羨ましいんだったら、
前向きに努力すればいいと思う。

でも、私が羨ましいのは、
何もできない(ように見える)のに
愛されて庇護される人々でした。

たとえば、うちの妹。

私は親からは「うちは貧乏だから
大学は国公立の文系限定、
浪人しても予備校代は出さん」
と、指定されていました。

わたしは頑張って勉強して
予算の範囲で進学しました。

なのに、妹はぜんぜん高校に行かず、
中退して塾通いして高卒認定試験からの
県外の私大に進学しました。

それに伴い、私の仕送りは減額され、
生命保険も解約されました。

「話が違う」と親を問い詰めると、

「妹ちゃんはね、
あんたと違って弱い子なの。
本人なりに頑張ってるんだから」
とのらりくらりするだけです。


能力のない人ほど愛されて、
より多くの恵みを受け取る。
できないことが多いほど、
助けてもらえる。

姉妹で3歳差があって、
子どもの頃から妹のほうが
常に「できないこと」が多くて
甘やかされて、溺愛される。

でも、それに比べて自分は
「できる」から放置されるんだ
と思っていたのです。

比べさえしなければ、
私も十分に親から愛されてたし
助けてもらってるんですが、
ずっと不公平感がありました。

能力がないのは自分の責任なんだから、
条件を同じにするのが平等じゃないのかと。

頑張るほど、可愛げがなくなって、
守られなくなるんだったら、
「できる」方が損です。

そして、妹みたいに「できなくて」
可愛がられる人を見ては、
死ぬほど羨ましく思っていました。


だいぶ後に妹と話す機会があり、
思いがけないことを言われました。

「何でもできるお姉ちゃんが羨ましかった」

えっそうだったの?
ポカーン・・・って感じでした。

妹は妹で、比較に苦しんでいたようです。

なんでもできて良さそうに見えた
あんたのお姉ちゃんは、
あんたが羨ましかったんだぞ。


「比べる」って、本当に
何も良いことないなあと思います。

羨ましい対象の人がどんな悩みを
持ってるか見えなくなるし、
自分がどんな素晴らしいことを
持っているのかも見えなくなる。

比べるなんて、やめましょう。

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