2018年2月16日金曜日

「ない」があるだけ―持たざる者の責任

こんばんは、高橋久美です。

デイリーシフトの53通目は、
「隣の芝生が青く見える現象」
についてでした。

人が持ってる物はよく見えるって
本当によくありますよね。

私もこれテーマだなあと思い、
印象に残った言葉をフセンに書いて
壁に貼りました。

┏ ────────── ┓
  今、周りにある
  すべてのリソースに
  丁寧に感謝する
┗ ────────── ┛

感謝、感謝〜♪と思いながら
仕事をしていました。


さて、一日中ずっと文章を書いていると
ときどき頭がボーッとしてきます。

黒澤師によると、そんなときは
何か別の作業をして脳の別の部分を使えば
休み無しでも働けるらしいです。

私も見習って、ダラダラ休むかわりに
講座の音声でインプットをしたり、
瞑想やバランスボールで体を整えたり、
パソコンのデータ整理をしたりしてます。

きのうはブラウザのブックマークを
整理しようと思い立ち、
古くなったのとかもう見ないやつを
削除することにしました。

消そうとしたら1個、間違えて
クリックしてページを開いてしまいました。

それは、私の尊敬する作家さんのブログでした。
月に数回しか更新されず、
めったに開かないのですが、
たまたま更新されたばかりのようです。


内容をかいつまんで言うと、
病院帰りにタクシーに乗っていたら、
交差点で前の車が詰まっていて
みんなクラクションを鳴らし、
車を降りて怒鳴りに行く人までいたと。

原因は、先頭の車の後ろがつまりすぎて
ハンドルが切れなかったらしい。

その作家さんは車が運転できないので、
運転が上手な人たちが、
どうして代わりに動かしてあげないのか、
持っている特別な力を行使しないのか、
と憤っておいででした。

持っている力を使ずに無駄にするのは嫌だ、と。


私は、何か黒澤先生からも
似たような事を言われたのを思い出して、
ハッとしました。

「どうして、せっかく与えられた状況を
もっと活かそうとしないのか。
行動しないのが謎で仕方ないんですが」

たぶん、何かで凹んでブログをサボったときとかに、
何回も何回も言われてます。

思えば、今の環境はとても恵まれています。
派遣にも行かなくてよくなったので
一日中、執筆に専念できますし、
GLOBOという発表の場もあるし、
何よりも読んでくださる読者さんがいっぱいいる。

住む家もあるし、ネットも繋がってるし、
家族の世話をする必要もないし、
メンターもいます。

「書く」という仕事に関しては、
これ以上ない環境を与えてもらっている
ということを思い出し、
感謝の涙があふれてきました。

この状況を活かして、
能力を行使しなければ!


それで、隣の芝生の話とつながって、
きっと自分に「ない」ってことも
1つの「特別な力」なんじゃないかなと思いました。

車の免許が「ない」のは、
免許がない人の視点で見る力を持ってるだけ。

結婚して「ない」のは、
独身の人の特権があるだけ。

「ない」ことによる特別な力を行使しないのは、
責任を果たしていないことになりますね。

朝、フセンに貼った「今あるリソース」には、
「ない」ものも含まれるんだなと気づきました。

「ない」がある、ということですね。

「お金がない」も、ひとつのリソースで
それによって学べることとか、
表現できることとかが絶対にあるはずです。


持っている才能、与えられた状況
「ない」ようにみえるものも、
今あるリソースです。

せっかく神様が与えてくださった人生だから、
感謝して、全て活かしたいものですね。

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