2018年3月11日日曜日

あの日のこと。

おはようございます。高橋久美です。

東日本大震災発生から今日で7年となります。

今なお避難生活を送っている方々や、
大切な人を亡くされて悲しみの癒えない方々に、
深く祈りを捧げたいと思います(-人-)
  
 
私自身は仙台市内の津波も届かないところで、
被災した内には入らないぐらいかもしれませんが、
全国のみなさんから頂いた義援金や支援物資に
とっても助けていただき感謝しています。

電気もガスも止まってほんとに食べ物がなくて、
市役所に並んで1人2個ずつもらったヤマザキのパンが、
涙が出るぐらい美味しかったです。
本当に、ありがとうございました。


さて、グラッと来た瞬間に何してたかは、
被災地民どうしだとよく話題になります。

黒澤先生はメルマガか何かでも書いてましたが、
仙台駅近くの電気屋でアルバイトしてたそうです。

テレビに一斉に警報が出たかと思うと、
すごい揺れでそのテレビとかが倒れてきて、
停電して真っ暗に。

ペデストリアンデッキ(歩道橋)に出ると、
道路の真ん中に人が避難しているのが見えた…と。


実はそのとき、
私もその中央分離帯に避難してた一人でした。
当時働いてた会社が入ってたのが、
その電気屋の隣のビルだったんですね。

ペデストリアンデッキを歩いてる人がいるなあ、
落っこちないか、大丈夫かなあ、
と思って見てました。

あの日、近くにいた見知らぬ人どうしが、
お互い生き伸びて今こうして関わってるのが不思議です。


働いてたのは学習塾の会社だったのですが、
ちょうど受験に合格して4月から大学生になるはずだった生徒が一人、
津波で亡くなりました。

せっかく頑張って受験に受かって、
春からの大学生活を楽しみにしてたのに。
最後に見たその子は笑顔でした。


震災は痛ましい出来事でしたが、
もしも自然が私達に何かを教えようとしているのだとしたら?
と考えると、不謹慎かも知れませんが、
大切なことを学ぶ機会だったとも思います。

きっと、
生きてる奇跡のありがたさとか、
人との繋がり、人の心の暖かさ、
悔いのないように今を生きること、
何もかも失ってもやり直せること。
 
それから、人とのご縁とは、
どう繋がるのか分からないこと。

あそこの電気屋のバイトのおにーさんに、
まさか、こんなに助けられることになるとは
1ミリも想像していませんでした。


みなさんも、これから先、
大変な困難もあるかもしれませんが、
絶対に大丈夫なことは保証されています。

まだ命があって生きていて、
周りには助けてくれる暖かい人達がいて、
今は想像も出来ない事が起こりますから。

未来はどうなるか分かりません。
明日、生きてるかも分かりません。

だからこそ、良い未来だけを信じて、
今日できる全力を尽くして、
自分に助けられる人を助けて、
笑顔で過ごせたらいいんじゃないかなと思います。

今日も、できることをやり切りましょう(`・ω・´)ゞ




2 件のコメント:

  1. 高橋さん、こんにちは。
    あれから、もう7年も経過したのですね。

    私も震災当時に、義援金や支援物資を送って下さった人々によって助けられた1人です。
    その時に人との繋がりというものを、強く感じる事が出来ました。

    多くの人々に助けて貰えたことが、有り難かったです。
    ライフラインも全てストップして、これからどうなってしまうのか毎日が不安でしたが、
    周りの人と協力したり、助けて貰えたりしたことで、なんとか乗り越えることができました。

    今がどんなに絶望的な状態でも、助けてくれる人もいること。
    みんなで協力すればどんな困難でも乗り越えていける。ということは震災から
    学んだ事だと思います。

    私の人生の中でも、震災から多くの事を学ぶことが出来ました。
    その学んだ事を忘れないように、年に一度は過去の記憶を振り返ってみるのも
    大切な事なのかも知れません。

    高橋さんの文章を読ませて頂いたお陰で、七年も経過して、
    風化してきた私の記憶を思い返すきっかけとなりました。
    ありがとうございました。

    私も何か1つでも、今日できることをやりきって
    1日を過ごしてみたいと思います。

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    1. 相沢さん、いつもコメントありがとうございます!
      何か気づきや変化になれば幸いでした(^^)

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